ぶーぶーの雑記帳

日常を切り取る(=意識高い)ことを意識低めでやるブログ 。

鹿児島の猫カフェ店主が失踪して、ネコたちが置き去りされた件について思うこと。

書き出しは今日もない。

とりあえず自分の心を落ち着かせるためにも書こうと思う。

 

先日、こんなニュースがFacebookのタイムラインで流れた。

 

 

なんというべきか、表現の仕様のないほどの衝撃だった。

怒りというか、悲しみというか何とも言えないような憤りを感じた。

当該の「猫カフェ」には私も行ったことがあったから、というのもあっただろうし、何よりつい一ヶ月ほど前に猫を亡くしているから、とても感情移入してしまった。
※下記は飼い猫が死んだハナシ。

 

bu-bu-karon.hatenablog.com

 

僕が行ったのは2013年の4月頃。

少し諸事情で荒んでいた時期でもあったから、可愛らしい猫と居心地のよい空間にとても心が和んだ記憶がある。去年の10月頃に「もう一度行きたいな」と思って当該猫カフェに電話して、確認したが不通だったから行けなかった。

 

そういった経緯からか引っかかる部分もあって、ネット上の情報をかき集めた。

ネットの情報では以下のような内容が確認できた。

 

  • ここ近々では、その猫カフェは1年ほど営業していなかった。
  • 汚物とゴミにまみれて大変なことになっていた。
  • 17匹いた猫のうち4匹は既に死んでおり、残りの猫も痩せてアレルギーを発症。
  • 店内出産している猫もいる(不妊手術が行われていない猫もいる?)
  • 最低でも体調回復には最低でも1ヶ月はかかる。
  • 里親募集とまでなるには2ヶ月以上はかかる。
  • 経営者と連絡がつかない
    etc…

 

もちろん、これには嘘や誇大に書いている部分もあるかもしれないし、全てを鵜呑みにするわけにはいかない。しかし、実際にそういったことが起きたということは紛れもない事実なのだ。そうなってくると、考えることはひとつだ。

 

「僕には何が出来るだろうか」

 

ただポチッとシェアボタンを押したり、知り合いにこのことを話したり、また、物資の支援やお金のことは勿論、僕にだって少しは出来ることではあるだろうけれども、それだけでいいのだろうか?と思ってしまった。

 

何も「裁きを!」とかそういった方向ではなく、「もうこんなニュースは見たくない」というような方向だ。再発防止のために啓発が必要だ!!とまでは僕は言わない。
少しでもこの惨状を知って、少しでも支援が集まって欲しい。

 

そう考えて、僕が行き着いた先は発信をすることだった。

相談しようと思い、メッセージを送ろうとした矢先、送るはずの相手から送られてきた文言に僕は驚いた。


「例の猫カフェのこと、記事書いてみる?」

なんだと。こちらから聞くよりも先に言われてしまった。

僕の中で心は決まっていた。

 

「書きます。」

 

「わかった。じゃまとめるから、情報調べといて」

 

「はい!!!」

 

しかしながら、僕の心は若干、怒りの感情で淀んでいたし、このままに想いの丈を書き連ねるのはただのエゴのような気がしてならなかったし、いい文章にならない気がした。だから自分の中をリセットするためにも今日コレを一旦書いている次第だ。

 

で、翌日(7/29の朝)

 

togetter.com

 

ワタシの敬愛する師匠の手によりまとめが作成された。

めちゃくちゃリーチしたようだ。

 

そして、その夕方。MBCのニュース番組でこのニュースが流れた。

 

MBCニュース | 鹿児島市「猫カフェ」 17匹放置 動物愛護法違反か

 

そしてその晩にはヤフーニュースとしても、ヤフーのトップにも掲載された。

 

news.yahoo.co.jp

 また今朝(6/30)には朝刊、そして次々とニュースになった。

 

 

ただ、もちろんこれで終わりではない。

何も根本的な問題は解決はしていないですし、むしろここからだと思う。

 

 

物資の支援・問い合わせ等がパンクしてしまっているのが現状のようだ。

はやる気持ちもあるだろうが、この件のみならず犬猫の保護という部分は一過性ではなく継続的に実施していくべきだと私は思う。

 

www.47news.jp

 

こんなニュースもありましたね。

 


さて、どう書くか正直なところ定まりませんが、少し落ち着いたので書きます。

場合によってはこの記事をベースに書くかもしれません。駄文失礼致しました。

 

読まなくて良い記事。

実際問題、お前は何がやりたいのかと言われると至極困る。

人生設計なんかはとうの昔に投げ捨てた。

人生なんて取扱説明書のついていないPG(プラモデル)のようなものだ。

 

多分に大事な部品を何個もへし折ったり、なくしたり、してきているのだけどその度に廃材をくっつけたり、粘土で埋めたりしている。

 

今は改造計画の真っ只中にあるのだけれど、改造しなきゃ!という意志だけ動いていて、ひたすらに部品を仕入れているところ。

ジャンクだ。ジャンクなのだ。

 

「これ、こうすればいいんじゃね?」と思ったままに組み込んでいるから整合性がない。

部品取りのためにキットを買ったけど、部品取りどころか、箱すら開けていない。

いわゆる積みプラである。

 

少しずつ、「大人になる」ことのカウントダウンが近付いてきている。

8月のゼクシィを買った。ゼクシィというとのはどうもああ、キラキラしているのだろう。こんな立派な人間でもないし、結婚というものは金がかかりすぎる。そんなに金があるのか?世間の人は。キラキラしているものを見ると絶望を感じる。苦痛だ。ペインだ。

 

キラキラしたものにはしたくないし、ゴテゴテなボロボロで構わない。とうの昔にそんな設計図は捨て去った。きっとこのまま出来上がる作品(僕)はボロボロになった歴戦の量産機だろう。それでいい。それこそが相応しい。

 

キラキラしたものを見ると反吐が出る。

本当にキラキラしているものならいい、キラキラしたふりをしているものが嫌いなのだ。

とりあえずメタリックカラーに仕上げてみました的なものが嫌いなのだ。

 

細部に拘っているのか?

そのディティールで満足したのか?

チャチくないか?それ。

 

本当にキラキラ輝くものは美しいし、人の目を引くし、何より人を寄せ付ける。

美しいふりをすることの、なんと醜いことか。

 

そのメッキのようなものを刃物で切り付けて、下地の脆さを曝け出させてしまいたくなる。

 

何度でもいう。

 

大した下地も拘らず、

輝かしいフリをしている奴が僕は嫌いだ。

 

そんなものでは戦えないでしょうに・・・

 

生きることは戦いなのだと誰かが言っていた。

 

戦うものこそ、葛藤することこそ、辛いことに向き合うことこそ美しい。少なくとも僕はそれを愛でたいと思う。

 

あぁ、7月がもう目の前。

 

 

 

 

 

可能性と意識を持った若者(※同世代)に身震いしたハナシ。

6/24(sat) 12:25追記

おはようございます!呑みながら書くと酷いですね笑!!
というわけで一部表現しきれんかったものなどは加筆しました。

青字が追加文章です。打ち消しが消したい文章だけど残しますね!
これも私が書いたもんだから否定しない!ここ多分大事!

__________________________________



お久しぶりです。ええと、なんだろう。
ここは、ズサーッってやるやつじゃないよね、うん。

「もはや自分の文体とスタイル」を見失った感もありますが、とりあえず書いていきましょう。いつも前置きがあるのが私のスタイルだったはず。

 

「鹿児島アンダー30のんかた」に参加させて頂きましたよ。

ざっくり言うと、わっぜ楽しかったんだけど!120%楽しみきれなかった!
もったいなかった!ちくしょう!今度はもっと楽しむぞ!って感じです。


どうだった?というと「楽しかった!」に尽きるのですが、ちょっと「自分」の中での課題も見つかったのでボチボチ書いていきます。深夜の一発書きなので今回の記事は構成がいつも通りにめちゃくちゃです。

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ええと、そもそも「鹿児島アンダー30のんかた」についてですがざっくりと。

  1. 鹿児島の30歳以下の人でわちゃわちゃやろう!
  2. 楽しく交友関係を広げて、世界を広げよう!
  3. そこで培ったものを今後に活かそう!

こんな感じだったと記憶しています。
で、何でこんな意識の低いことに定評のある私が参加したのかというと。


まぁ、会ってみたい人・話してみたい人がいたからなんですね。

正直それ以外はワリとまぁ、どうでもええわくらいの酷いノリで参加してきました。
いや、参加してしまって申し訳なかった・・・。

 

何でなのかと言う前に少し自分語りをさせて下さい。


そうそう。ここまで読んで大体気づいた人は察しが良いと思います。


つまり、ここからは大反省会!!!!!

 

自分語りタイム突入(無視してよろしい)

そもそも私はかれこれ大学在学中くらいからずっと「意識の低い」人間を決め込んでいたので、「外」で何やら色々とやってきてる人のことを「ふ~ん」くらいに完全に違う世界で起きてることくらいに認識してたんですね。

たとえば、「移住ドラフト会議」や「地域おこし協力隊」や「外で起きている地域活性化の動き」やら「鹿児島未来170人会議」とかを全く知らなかった時代があるんですね。アンテナを張ってない、いや、そもそもB-CASカードが刺さっていないくらいには私の「意識の低さ」はヤバいとこにありました。

実際に観光の仕事に就いてからも「ふーん、そうなんだー」くらいにTVで起きてる世界のニュースくらいには遠い世界のことで関係ないと思っていました。

まぁ、そのへんが変わったのが「地域おこし協力隊」の活動を目の当たりにしたことだったり、「地域おこし協力隊」を卒業した人がバリバリ頑張っていることだったり、はたまた自分より年下の子が「自分自身を研究し、研磨するラボ(Blog)」を立ち上げたことだったり、スーパー公務員が颯爽と活躍しはじめたり、ってのを見た2月~5月の間のことですね。
大元のきっかけを辿れば某所の「どうも、僕です」の方とFacebookで繋がったあたりなのでしょうが、どうにせよ、「最近まで意識の低い人」だったわけで。

(↑これもクソ長い前置き)

 

だから、正直なところ「萎縮」してしまっていた!
情けない自分がいたわけだ!憧れの人と同じステージに立って!

うまいことやれるほど、私はスペックが高くないのだ!

 

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鹿児島アンダー30のんかたはこんな感じのイベントでしたよっと。

で、まぁこの「鹿児島アンダー30のんかた」というイベント。

 

会費1500円はリーズナブル、で持ち寄り料理を楽しむ「ホームパーティー」的な素敵なイベントだった。とりさし、つけあげ、かまぼこ、オクラ、レバーのペースト的なやつにピザやらお菓子やら「打ち上げ会場」みたいな感じ。

ちなみに場所はユナイテッドFCカフェで開催!僕的には昔に通っていた水泳教室の地下!!懐かしい感じだった。

まぁとりあえず!会場みんながフレンズ!すごーい!
既にフレンズ同士だった人がいたりしたから、なおのことアットホーム!

もっというと「フレンズ以上の関係」がいたので、もうなんだ「家族」だね。

やったね!〇〇ちゃん、家族が(ry だ。

 

 とりあえず仕切りは勿論、主催のワンセルフラボなお嬢さん!

 1分de自己紹介というのをみんなで回した後はワイワイガヤガヤ!

 パーティーなんだけど、仕切りのトークは真面目な感じだったので、ユルい中に締まった感じがあって良かったと思います! ん、滑った話はやめようか。

 

で、どうだったのかというと。

私からすれば、みんな、めちゃくちゃ「意識の高い」方の集まりでした。

うーん、すごい、キラキラしていた。憧れてた人ばかりですからね。

エネルギッシュで活力に溢れていた。こんな場に言ったのっていつぶりかしら。
情けない話、自分、本当に同世代なんだろうか?と後半はぼんやりとしていた。

 

若くで家業を継ぎ、既に「変革」を意識している人、

学生でありながら、既に様々な分野に進出している人、

はたまた上に挙げた、私の「意識改革」の元になった人たち、

そんなキラキラした方々が一堂に会するイベントだったのですね。

 

めちゃくちゃに楽しかったし、見るものすべてが新鮮で、刺激だらけ。

「マジっすか!」が口癖になるのではないかってくらいには言っていた気もする。

「あぁ、とんでもないとこに来ちまった」と呆然としましたし、
まぁもう後半は「あれ、何でここに来ようと思ったんだ?」と自失モードに入りかけていましたよね。うん、よろしくない、よろしくない

「私はこれをやっているんだ!」というのが多分に私の中で明確化されてないんでしょうね、そんで最近に追加された「スライディング土下座」の顔もイマイチにリアルと結びついていないんでしょうね。ペルソナ的なアレがアレ。もっというと、某所の肩書が独り歩きして「乖離」している感覚すらありますね。
(ちなみに先日も某所で「わー、ズサーッの人だー!!」と取り囲まれてうまく切り返せなかったことが実によろしくない、よろしくない)

 

 

あー、よろしくない!! ネガティブタイム終了!



以下、今後についての前向きなお話。


ともあれ、目的(会いたい人、話したい人と接触する)は達成できたし、空気感が非常に良かったイベントでした。いやはや、ほんと素敵な時間でした。惜しむらくは楽しみきれなかった、いや、踏み出しきれなかった自分。

正直、この反省点が得れたことが最大の成果だと思うわけですね。

やんわりと「ああ、なるほどね、そういうことか」と自分の中でまとまった部分も出来たのも非常に良かったこと。
何人かの方とはFacebookでお近付きになれたので、これでまぁネット上ではあるけれど、刺激を受けれる。これは本当にいいことですね。

最近、とてもいろんな方に会う。某TV局の人やら、某ラジオの人やら、ほんと色んな方とお会いする機会を頂いている。ちょっと次回の10月までに、それを上手いこと自分の中に落とし込めれば、きっとアレ(立場やら意識)が上手いこと好転して、ええ感じになってくれることでしょう。

 

というわけで次回は全力で楽しむために翌日にちゃんと休みを取って
お酒と一緒に楽しくしたいと思いました○!(小並感)

 

最後になりましたが、イベントを主催した某ワンセルフなお嬢様!そして、会場で私と話して頂けたみなさま!ありがとうございました!とてもいい機会を頂けてうれしうございました!(特に主催周りの方々、本当にお疲れ様でした!)

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Facebookよりお借りしました!)

 

あ、タバコ吸う人がおらんかったのが、ショックだったという報告だけここに済ましておきますね。  ではではまたどこかでお会いしましょう!!

 

性懲りもなく、まだ書くよ!

 まぁ一晩開けて、酔いが冷めて、この文章を見たわけで。

ネガティブすぎワロタwwwwwwwwwwwwwww

鬱かよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

っていうのが最初の印象。

 

そらまぁ、出来上がってる空気というか、完全に別世界・別次元の人と話す機会をいきなり持っても、うまく出来るわけないでしょうw!

逆にこんなとこでネガティブ(な文章)になっている自分の方が、情けないべ。

 

うまくいかんかったことは、うまくいかんかったで処理すりゃいいし、

楽しかったことは事実だから、まーた性懲りもなく次回はいく。

まぁ次回にやちょっと「ドヤ」って出来るだけの資産は作っていこうかなと。

 

そら、自分を知らん人に価値を話すとして、その材料を相手が知っていなかったら刺さらないのは当然で、それをプレゼンするような準備を怠っていたわけだからねー。

これは甘すぎる。甘すぎる。もちっとシビアに考えなきゃねと。

 

 まぁ、凄く良い機会だったし、こりゃ頑張らんきゃねと火が付いた。

 

「え、あの静かにしてた奴、こんなことしでかしたの!?」くらいに。

※犯罪系ではないよ?

 

いやぁ本当に良い会だった。面白かった。良い機会に首を突っ込んだ。

そしていい人と巡り合えた。どうなるかわからんね!人生って! 

きばってきましょー!!!

 

PS.この日のメンバーが核になって新しい世代を育てていく日もくるのかしら、それは楽しみだなぁ!! イベントやるなら参加したいな!わーほんと素敵!素敵! 

 

 

 

「気が触れてる」と人から言われて、ようやくステージに立てる。

今日もスマホからの投稿である。

Twitterでも書いたことではあるが、「キチガイ」とか「変態」と人に呼ばれてこそ、その道のプロフェッショナルなのではないかと。

 

何で、そんなことを考えたのかというと、実にアレなものの端々を今日、見てしまったからだ。もちろん全てがつまらないものばかりだった訳ではない、めちゃくちゃ面白いものもあった。ただ、ありきたりで「ああ、それか」となるようなものばかりだったのだ。しかも、それが自分の提案自体もありきたりだったということが輪をかけて嫌だった。

私はつまらない、斬新さのない人間なのだなと痛感させられた。

やはり、何かしら一種の芸術や作品というものは、一線を画した人間が作るものだと思う。

 

某シロアリのCMや志布志のウナギ(うな子)なんかまさしくそれだろう。おかしい、普通ならあんなものは作らない。でも、作ったし世にだした。故にとても評価されたのだ。(うなぎはめんどくさい意見に潰された感はあるが話題性としては素晴らしかったと思う)。また某実業高校の新体操も奇抜で素晴らしい。いずれにせよ、「おかしい」「変だ」「狂ってる」ということはある種で重要なのかもしれない。

 

私が勝手に「師匠」と呼び、崇め奉り、尊敬してやまない某所の〇氏。控えめにいっても彼はHENTAIだし、最早気が触れていると思う。

もちろんこれは褒め言葉だ。常識も僕の何倍もあるし、ウイットにも富んでいるし、凄まじいポテンシャルな方だ。しかし、彼の話を聞けば聞くほど「この人おかしい」と思うのだ。

なにせ3年間、本業の傍らで毎日ブログを、あのクオリティで更新し続けているのだ。しかも、自分で取材も撮影もライティングもこなしている。普通じゃない。常軌を逸している。

 

彼だけではない。界隈の人間、いや世の中のスペシャリストやプロフェッショナルはみんな何かしら「おかしい」。彼らに一般的な常識は通用しないのだ。むしろ、その狭いスケールで測れば測るほど「HENTAI」になると思う。

 

もう1人。僕が好きな方であり、おそらく世代的にも近いであろうARuFaさん。

彼もまた気が触れている。狂人、いや奇人だろう。何を考えたらジェンガと風呂に入るのか、家に「森」を作るのか、本当にいい意味で気が違っていると思う。発想の奇抜さと行動力がおかしいと思う。でも、だからこそ私は好きだ。敬愛してやまない。

 

そして、最後に1人。

youtuberとして登り詰めたHIKAKIN氏も、毎日動画を撮影し編集して、upしている。

よく考えてみても欲しい。

1人で撮影し、1人で編集し、そのためのネタ探しを毎日行い、私に限らず常人ならば気が狂う作業とも言えるのではないだろうか。何しろ今のスターダムとしての彼ではない、最初は再生数や反応も少ない上に否定的なコメントも多かったであろう。でも続けたのだ。もう私からしたらHENTAIでしかない。

「金稼いでるじゃん」「それが仕事じゃん」

そうじゃない、彼が変態で成功したからこそ、羽を得た蝶に「変態」するまでの蛹の時間を耐え凌いだからこそ、結果が出たのだ。

 

突き抜けなければ、プロフェッショナルにはなりえない。狂人にならねば栄光の座には登れないのだ。

 

『変でいい、変でなきゃダメだ…狂ってなきゃ、逸脱してなきゃ悪魔は殺せない…!常軌を逸してこそ開かれる、勝ちへの道が…!』

というセリフが某漫画にある。

 

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こんなのもあった。

 

ともあれ、何かをなすには

何かを捨て去ることが出来なくてはならない。それが人間性なり、常識なり、体裁なり、時と場合により異なってくるのだろう。

 

本気で何かをやるということは、、何かを捨てる覚悟を持ってやるということだろう。

私は何を捨てるのだろうか。

私は狂気を宿せるのだろうか。

 

そんなことを考えている。

まぁ、いずれその岐路に立つのだろう。

 

そういえば、師匠シリーズというオカルト系の創作ネタシリーズがある。確かあれにもそんなようなことが書いてあった気がする。

「一線を超える」だっただろうか、奇しくも意図してはいなかったが、師匠と崇めているし、やんわりと師弟関係を築いている今、少しだけ今後どうなってくのか、気になるところではあるのだろうけど、私も突き抜けるまでは何も考えずひたすらに打ち込もうと思う。

 

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雨の降る夜の閃光少女が何もかもを吹きさらしにしたハナシ。

思いの丈を書くのでスマホからの投稿です。

ゆえに段落とか文脈とか文字のサイズとかその他諸々の「読みやすくする」ためのetcが全くないのでご容赦ください。

-----------------以下、クソ文章--------------

 

 

どうやら、鹿児島は梅雨を迎えたらしい。

恵の雨とも言えるわけだが、私は死ぬほど雨が嫌いである。雨に濡れるのは嫌いではないのだけれど雨がシトシトと降る「雰囲気」がめちゃくちゃに苦手なのだ。

色々と理由はあるのだろうが、雨が嫌いなことの理由に幾ばくか、僕の女性遍歴が関わっている。それをまずは書くことにする。

 

 

【高校時代〜大学生の頃のハナシ】

散々に過去の投稿でも書いているのでアレではあるけれど、当時お付き合いしていた人とは、泥のようにのめり込むような「身を滅ぼす」ような恋愛をしていた気がする。共依存とも言えたであろう。とても「死」が近くに感じる場面が何度もあったし、決して平坦な道のりでもない、そんな恋愛関係にあった。

別れ話の行き着いた末は、彼女の運転する車に乗せられてのドライブだった。夜中の二時近くだった気がする。

行くあてのないドライブだった。きっと、行き着く末は「別れ話」でしかなかったから行くあてのないドライブをしたのだろう。

しばらく運転し、海沿いに彼女は車を止めた。ぱたぱたと雨が窓ガラスを叩く音がしていた。車の中で効いているエアコンのせいで、窓ガラスが曇りきっていたのを覚えている。

 

「そういえば、雨といえばね。最近ずっと、この曲を聞いていたんだ。この曲知ってる?」

 

彼女は車のステレオを操作し、ある一つの曲を流した。おどろおどろしいような、悲壮感のただようイントロが重い室内の空気を更に重くさせた。残念ながら聞き覚えのない曲だ。

ただし、歌手の声が独特だから、おおよその予想はついた。

 

「〇〇さん?」

「そう」

 

二人ともその歌手が好きだった。カラオケに行けば二人とも歌うほど、いやというよりは。

僕は彼女の歌う〇〇氏の歌が好きだったのかもしれない。ともあれ、お互い、喋るような空気ではなかった。

そんな重たい空気の中、淡々とステレオから「彼女」が歌い続ける様は曲調も相まって、少し気味が悪かった。歌われる歌詞もどことなく2人の関係性を言い当てているような気もして、正直なところ、逃げ出したくなるくらいに辛かった。

 

「闇に降る雨って曲なの。」

彼女ほど私は精通していなかったから、知らなかったのだが、わりとその筋のひとには有名な曲なようだった。

物々しいまでの悲壮感すら感じるメロディと、狂気を感じるほどの真摯さに溢れた歌詞が、とにかく辛かった。 

 

結局のところ、僕たちはその日別れた。

ただ、あの日の状況と「闇に降る雨」という曲は今でも雨が降る度に思い出すし、僕の中で煮えきらない何かを彷彿とさせて少し嫌な気分になる。そしてその数年後。

世間が幸せにクリスマスを迎えていた雨の夜。

彼女はバイクで事故に遭ったそうだ。死ぬことはなかったものの、今でも大きな傷跡と結構なハンディを彼女は背負っている。

そのせいか、輪をかけて僕はこの曲と、雨とが苦手になったのである。

 

【大学生の頃の話】

そして、僕は別の子と付き合うことなるのだが、その子もまた〇〇氏の熱狂的ファンであった。なんの因果なのか。

彼女の車内で流れるBGMは決まって、某事変。別に僕も嫌いになった訳ではなかったし、チャンダン(お香)の香りがする彼女のその車は嫌いではなかった。むしろ心地良ささえ感じていた。初めて乗った始まりの日は雨の日だったし、その年はよく雨が降る日だったから、雨が止むまで降りれずに車で他愛ない話に花を咲かせることも多かった。

しかし何もいいことばかりではない。僕と彼女は学内機関において明確な上下関係にあった。叱ることもあったし、泣かせてしまうことも多かった。というよりは途中からそんな時間が多かった。

険悪な状態になると彼女はカーステレオをよく切った。車を叩く雨音だけがBGMの車内で、手酷いことを言ってしまうこともままあった。

 

彼女との付き合いは大学を卒業して社会人2年になるまでだった。おおよそ、本当にお互いに「楽しかった」といえるのは多分に最初の数ヶ月だったかもしれない。だからこそ、夜の雨音をかき消すように鳴り響く某事変の曲は、そんな楽しかった日々を想起させてくれる。

まさに僕達の関係性における「切り取った一瞬の光」なのだ。

 

そう、だからこそ苦しいのだ。

その後、僕たちは手酷い別れ方をした。これだけ繋がりが多様化している現代社会においてでさえ、可能な限りの「線」を全て絶った。

僕はそれを因果応報とも「当然の報い」だとも思っている。今でも謝れるなら謝りたい。復縁を望んでいるとかではなく、純粋に当時言えなかった謝罪を確りと告げたいとさえ思っている。でもそれは出来ないだけに、あの楽しかった一瞬があるからこそ、大きな罪として心にのしかかっている。

 

 

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そして昨晩、Amazonプライムの恩恵もありAmazonミュージックをダウンロードした。

無造作に並ぶ曲の中に「閃光少女」というタイトルがあった。もちろん聞いた。

 

昨夜は雨だった。

急激にリフレインされる色々な物事が、グサグサとのしかかってくる。僕は咎人なのだという、えも言われぬ感覚が押し寄せてくる。

 

過去は過去だと割り切るにはまだ時間も心の成熟も足りていないのだなと痛感した。
まぁでもそれはそれ。今は今だ。忘れるのは失礼な気もするし、今を否定するような気もする。何より、これに感情を「無」でいることは人間性を失う気もするのだ。

今を生きよう。

 


I'm your record,I keep spinning round
But now my groove is running down
Don't look back brother get it on
That first bite is but a moment away
When I'm gone,take your generator
Shock!
Raise the dead on your turntable.
Up,up and away!

 

ドヒューン!!

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【退職】見送られる予定が見送ることになったハナシ。【先輩】

書き出しはない。

ひたすらに殴り書いていく。

 

そう、今日5月31日は私の先輩であり同僚であり、上司でもあった「彼」の最終出勤日であった。当初は僕が3月31日に退職し、彼に見送られる予定(その後、5月に退職)だったのだが諸事情により僕が残る運びとなった。

理由については割愛する。そんなことより書くべきことがあるからだ。

 

始まりは雨、終わりも雨

その「彼」は私より3ヶ月早く入社した。私より年は上でスラリとした好青年。めちゃくちゃ几帳面でお調子者の、どこか憎めないタイプの人間だろう。

そんな「彼」は空前絶後のアメオトコだった。

雨に愛され、嵐を愛する男だった。本市はイベントが多い、それゆえ外仕事も多く、彼と仕事をするときはよく雨に悩まされていた。

少し、思い出話をしよう。

 

私が着任して間もないころ、彼は「海に行こう」と行った。

なんということはなく、ただの付き添いで特に僕を誘う必要性はなかったのだが、せっかくだからという理由だった。

海につき、「ここはこういうところだ」と諸々の説明を済ませると、次第に雲行きが怪しくなってきた。そして、彼が「せっかくカメラあるんだし、俺を撮ってくれ」と言い、良いアングルになりそうな堤防まで行った矢先のことだった。

 

突然のスコールが降った。

 

カメラも身体もびしょ濡れになった。

その時は「海は天気が変わりやすい、うんきっとそうだ」くらいにしか思っていなかったのだが、時が経つに連れ、次第に次第にそういう「雨」のエピソードが増えてきた。

 

イベントに行った矢先に「雨」、営業に出るかと話した瞬間に「雨」。

「今日は俺はやる気に満ち溢れている」と言うと激しい雷雨

彼が休みのときにでさえ、電話がかかってきた瞬間に「雨」ということもあった。

次第に彼は「雨男」として知られることになった。

 

そして今日、最終日。

やる気を出していたのであろう、朝から空は黒かった。

彼の今日の業務は9割が「挨拶周り」だった。もちろん、土砂降りではなかったにせよ、やはり雨が降った。そして彼が挨拶周りを終える頃、空は綺麗に晴れていた。

 

やはり、噂は浸透しているようで行く先々でも「やっぱり雨だ!」と言われたらしい。もはや、神がかり的な何かを持っているのだろう。

という訳で、僕にとって「最初から最後」まで彼のイメージには「雨」が付き纏って来るのだ。

 

いつの間にか「呼び名」が変わっていたハナシ。

会社に入ると通常は「◯◯さん」とか「◯◯+役職」が一般的な呼び名だ。

しかし、彼と私は「バディ(彼がそう評していた)」として組んでいたこともあり「お前」と呼ばれることが一般的だった。そんな中でもたまに呼ぶときには「◯◯くん」と呼ばれていた。もちろんに外に行くときなんかには社会マナー通り「ウチの◯◯が~」というパターンもあった。1年くらい、いや2年目くらいだったろうか「◯◯氏」になっていた。まぁ別に良いのだけれども。

そして、この間(ここ3ヶ月くらい前)から、下の名前で呼ばれるようになっていた。

よくわからないが、そういうことだ。挙句には「△△(名前)氏」と呼ばれていた。

心境の変化でもあったのだろう、まぁそんな感じだった。

もちろんここにホモ的な展開はないのでそこは念押しをしておこう。

 

パイセンを尊敬したハナシ。

そんな彼ではあるが、パソコンがあまり得意ではなかった。もちろん最低限のことは出来たが、「触れていない」ようなものに対してはトコトン駄目だった。

Facebookが出始めの頃はもちろんよく分かっていなかったし、何よりエクセルがうまく使えていなかった。もちろんあまり私も得意ではないが、それ以上に彼はエクセルというものを不得手としていた。表なんかもワードで作っていた。

もちろん数式も組み込まれていないから計算は手打ちで行っていた。

 

別に彼のネガキャンをするわけではない。書きたいことはそこではないのだ。

彼の「成長性」を私は尊敬している。何事にも貪欲で、一生懸命なのが「彼」だ。

エクセルに関しては無料講習会で私以上にスキルを身に着けてきたし、Facebookなんかも日々使っていることでスキルはめちゃくちゃ上がった。また、私一人で動かしていたHTML関係が必要な職場のHP運営も、その柔軟で貪欲な姿勢であっさりと身に着けた。あまり言えないことでもあるが某フリーソフト関係(burnするやつ)も、そんじょ2日くらい説明した後にはバリバリ出来るようになっていた。

そこのあたりは私にはない姿勢なので尊敬の念を抱いている。

 

それと、彼の立ち振る舞いは見ていてとても勉強になった。

あまりここで多くは語らないが、特に女性関係は勉強になった。

 

スッキリしている部分と釈然としない何か。

文面からも伝わってくるものがあると思うが、私は彼に懐いていた。

もちろん彼は聖人君子でもないからトラブルも多々あったし、火種どころか大火事の状態でダンプカーが突っ込んでくるような大惨事もあった。

よく怒られたし、よく語らった。よく遊んだし、よく仕事をした。

僕のまだまだ短い社会人生活の中で、一番長く仕事をしたのが「彼」だった。

まだまだ盗めていない部分も多いし、まだまだ勉強すべきことも大いに残っている。でも結果として今日を以て、彼はここを去る。

もう一ヶ月もすれば私は最年少ながらに最古参という意味の分からない立場になるのだけれど、もう少し、もう少しだけ色々と盗んでおくべきだったなと思う。

 

思えば、私も彼も入社時期の都合上、ほとんどの「ここ」での仕事、モヤモヤ、トラブル、イベント、それら全てを共有してきたようなものだ。

「ここ」での半身を失った、と言っても過言ではないかもしれない。

 

大いに語らい、大いに衝突した。

そして男同士の仲だからこそ、スッキリとしたキモチで送り出せた。

 

そのはずだ。そのはずにちがいない。そうなんだろうけども。

 

どこかで釈然としない思いがある。

表現することの出来ない「何か」がある。決して寂しさとかの感傷的な部分ではない。

もしかしたら、これは「不安」なのかもしれないし、先に言ったような「もう少し学ぶべきだった」という「後悔」なのかもしれない。そこんところはいずれ、落ち着いて来る頃に分かってくるのだろう。

 

ただ、この感覚を忘れたくないから今日、ここに残しておく。

 

最後に。

私は「彼」から漫画を借りていた。丸2年近く借りていた。

最早、借りパクを疑われてもしょうがないほどの長い期間、私が彼から借りていた漫画はヤンキー漫画の金字塔とも言える「ワースト」だった。

返す前だしと思って一気読みしようと思ったら12巻までしかなかった。ビビった。

(ちくしょう!全巻セットじゃなかったのか!)

 

で、今日、普段はない「終礼」で彼は最後の別れの言葉を言った訳だが、

肝心の私は伝えず終いだったので。

 

ここに書く。そして普通に書くにはあれなので二枚の画像で済ませる。

多分に「彼」しか伝わらないだろうがそれでいい。

送る言葉というよりは私の決意表明みたいなものだ。

「頼んだよ」と任された、私の決意表明だ。

 

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花には嵐の例えもある、そこにはやはり「雨」がある。

だから、「さよなら」だけが人生なのだ。

 

 

という訳で、明日からもうちょっとだけ、本気出す。

猫が死んだハナシ。

※6月1日に亡くなりました。文面的におかしくなる部分もありますが

敢えて修正せず、そのまま残させて頂きます。



どうも私です。

端的に言うと、まだ死んでいないのですがもう来るとこまで来てしまっている。

そんな実家で飼っている猫のハナシをする。いや、させて頂きたい。

 

いつ頃の話になるだろうか、ちょうど僕が中学校に入った頃の話だ。

 その子はウチに来た。灰色にところどころ白が混じった男の子だった。捨て猫でもなければ買った猫でもない、知り合いのとこの猫の子どもだった。

「彼」の兄弟はどんどんと貰われていく中、「彼」には貰い手がいなかった。理由は彼の左目が見えなかったためだ。 おそらく子どものときに親から十分な処置を受けられなかったのだろう、彼の目には白い膜が残っていてそのせいで目がうまく見えなかったのだ。そのような幼少期を過ごしてきたからであろうか、彼は非常におとなしい猫だった。粗相をするわけでもなく、とても甘えん坊な子だった。人によく懐き、そして愛される猫で、とても賢かった。

また、僕の家には先住者がいた。メスの三毛猫だ。これは僕が小学校3年生の頃に飼い始めた猫で、こいつはとてもヤンチャだった。人に甘えるというよりは飄々とした猫で自由奔放なやつだった。当初、家庭内での猫ヒエラルキーやパワーバランスを警戒したが、しばらくする頃にはそのバランスはあっさりと崩れた。

悪く言えば、「彼」は「彼女」より人に媚びる猫だった、それゆえに家庭内でもとても愛されていた。そして月日が経つと彼はどんどん縦にも横にも大きくなった。

完全に家庭内でのパワーバランスが崩れ、先住者であった「彼女」はどんどんと隅に追いやられていった。僕は「彼女」のほうが好きだった。生まれて始めて飼った猫だったし、その飄々とした姿も、生意気な表情もとても好きだった。そして、なんだかんだメス猫たる所以か、母性なのか、「彼」の親のように彼の毛づくろいをしてあげている微笑ましい姿が好きだったのだ。

 

高校1年生の冬。彼女は死んだ。寒さのせいもあったのだろう。

その日の前の晩に普段の何倍にも騒いでいて、てっきりまた喧嘩しているものかと思っていた。朝、起きて餌を渡しにいこうとしたときには彼女は死んでいた。

普段から暖をとるために彼女たちは寄り添って寝ていた(と、いってもオス猫のほうが大きいので上に乗っかるような形になっていた)のだが、その日、「彼」は異様なほどに、まるで「死」を理解しているかのように距離をとっていた。

 

その日、僕は学校を休み、彼女を弔った。

とても辛かった。当時のガラケーで撮った写真を現像して写真立てに入れて飾った。

 

その一件があってから、「彼」は猫部屋(縁側)を嫌うようになった。

何か怖いものを感じたのだろうか、二度とその部屋で寝ることはなくなり、家の中で自由に過ごすようになった。僕はそこに何故か、「彼」の狡猾さを垣間見た気がして。

少し「彼」のことが嫌いになった。いや、少しではない、「かなり」嫌いになった。

 

それから10年近く過ぎた。「彼」も何度か大病を患ったが、それでも生きていた。

ちょうど去年の冬頃くらいからだろうか、それまで僕と「彼」は10年近く他人行儀な関係でギクシャクとしていたのだが、急に「彼」の方から懐いてきた。

僕もそれを無碍に出来る訳もなく、そこから実家に帰るたびに、これまでの月日を埋め合わせるように、穏やかな時間を過ごした。

「彼」は身体が人一倍、重たいのに寝ている僕の身体の上に乗ったりしてきた。そのまま僕の上で寝ることもあった。それくらいまでに僕と「彼」の仲は回復した。

 

僕は冗談めかして「なんだ死ぬ前みたいだな」と言ったこともあった。

あまり長生きするものだから、てっきり「彼女」の分まで生きているのかと。

そう言うと「彼」は必ず、耳を後ろに畳むような仕草をしていた。

彼はよく喋る猫であり、よく聞く猫だった。人の言葉を解していたのだろう。

 

 

そして先日、5月の始め。彼の容態は急変した。

元々、痛めていたのであろうか、老体故であろうか、彼は左足の根本を大きく腫らしていて、その足を引き摺るように歩かざるを得なくなっていた。

少しずつ、ご飯を食べる量が減り、少しずつ寝ている時間も増えた。

トイレに行くのも辛いようであった。可哀想だった。

ついにはご飯を食べなくなった。水を飲むだけになった。

目に見えて分かるほど、痩せて、声も細々しくなった。

水を飲むのも辛いから、僕らに水道まで連れて行くように頼むようになった。

周りに人が見えなくなると、か細い声で探して、呼ぶかのように訴えるようになった。

 

そして昨日くらいからついに外に出たがるようになった。

 

多分、もう「来るところまで来た」のだろう。

どんな最後を迎えるのかもわからないし、僕は死に目に間に合わないだろう。

今、実家には負のオーラが満ち溢れているし、彼がいなくなったら、あの家はとても寂しいものになってしまうだろう。とても悲しいことだから。

今更に考えれば、彼は去年の冬の時点で死期を察していたのかもしれない。

 

「最近、この子よく甘えるのよ、甘えが強いのよ」

 

最後の最後まで狡猾な猫だ。痩せた姿、その表情は頬が痩けて狐のようにさえ見えてくる。でも、それすらも今は少し寂しさを感じるし悲しい。

僕はおそらく「彼」の死に目に会えないだろう、昨晩、最後の別れを告げた。

どこまで伝わっているかは分からないが、賢い「彼」のことだ。きっと伝わっているに違いない。彼も僕が告げた後はどことなく理解したような表情に見えた。

 

僕の中でもう彼は死んだ。まだ死んでいないが、もうその「死」という運命は変わらないものだと理解してしまってるからこそ、もう言い切ろう。死んだのだ、と。

そう思っていなければ、僕も辛いし、悲しいのだ。

そう割り切らないと、僕も苦しいし、笑えないのだ。

 

一方的ではあるけれど、僕は別れを告げた。

「もう待っていなくていいからと、君の満足するまででいいからと」

「頑張れる所まで頑張ったのだから、それでいいのだ」って告げた。

 

そう割り切っているのに、そう決めたのに。

書けば書くほどに心が苦しいし、目に何かが滲む。

 

次、帰った時にはきっと君はいないのだろうけど。

そして僕の中ではもう死んだのだけれど。

それでも「彼女」のように。「彼」もまた心の中で生きるのだ。

 

これが僕の「猫が死んだハナシ。」なのである。

 

 追記。

本日6/11 AM11:00頃。

永眠したとの訃報を受けた。訃報ともに送られてきた写真には死に顔が写っており、穏やかなものだった。安らかな顔で、まるで眠るように死んだのだろう。

しかし一ヶ月の闘病生活、食事も満足に取れず、耐えに耐えかねたその姿。

苦しかったろう、辛かったろう、とても痛々しい姿に成り果てていた。

 顔だけはどこか穏やかだった。それは唯一の救いだ。

大変だったね。よくがんばったね、とてもがんばったね。

君と過ごした時間は18年くらいか、長かったはずなんだけどとても今では一瞬のようにも感じてしまう。でも多分にきっと僕たちの心の中にはずっと残り続けるものだろうから、安心して欲しい。ちょっぴり君がいなくなったことで、色々と大変なこともあるだろうし、寂しさや悲しさで家が暗くなるかもしれない。

でも、安心してほしい。きっと大丈夫だから。

大変なだったね。よくがんばったね。とてもがんばったね。

おやすみなさい。そして、ありがとう。

  

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